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福岡地方裁判所 平成6年(タ)38号 判決 1996年3月12日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

安部尚志

石渡一史

宇治野みさゑ

浦田秀徳

大神周一

大谷辰雄

原田直子

平田広志

古屋勇一

古屋令枝

三溝直喜

美奈川成章

用澤義則

矢野正剛

山本一行

被告

乙太郎

主文

一  平成四年一一月二七日大牟田市長に対する届出によってされた原告と被告との婚姻は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告は、主文同旨の判決を求め、後記第二のとおり主張したが、被告は、適式の呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第二  原告の主張

一  当事者

原告(昭和三九年七月一日生)と被告(一九六六年八月一五日生)は、ともに後記二の合同結婚式参加当時、世界基督教統一神霊協会(以下「統一協会」という。)の信者であった。

なお、原告は平成五年五月六日に統一協会を脱会した。

二  合同結婚式への参加と婚姻届出

原告及び被告は、平成四年八月二五日、大韓民国ソウルで行われた統一協会の合同結婚式に参加し、原告は、同年一一月二七日、被告との婚姻届を大牟田市長に提出した(以下「本件婚姻届出」という。)。

三  婚姻意思の不存在

しかしながら、次のとおり、原告被告間に実体的婚姻意思はなく、婚姻は無効である。

1  統一協会主催の合同結婚式は、教祖文鮮明が、数年間統一協会に貢献した信者のうち、見ず知らずの者同士を、恣意にその相手方(相対者)としてあてがい組み合わせるもので、結婚式に参加する本人にはそもそも相手方を選択する権利はない。そして、結婚式を終えても、その後数年間のいわゆる聖別期間が定められ、その期間中は、同居はもとより個人的に交際することさえ禁止されている。

2  原告は、聖酒式、合同結婚式、蕩減棒といった統一協会の儀式の際を除けば、渡韓した際に数回被告に会っただけであり、平成四年八月二九日に帰国してからは、まったく会っていない。また、原告が被告と会ったときにも、原告が韓国語を話すことができないため、原・被告間にほとんど意思疎通はできなかった。

3  原告は、合同結婚式等をすませた翌日、統一協会側の指示説明により、再渡韓のために同居ビザをとっておく必要があり、そのためには入籍が必要であるとして、被告に婚姻の署名をしてもらっていたところ、帰国後も度々、婚姻届出をしてビザを取得するよう強く指示され、ついに本件婚姻届出をしたものである。

4  そもそも婚姻の成立には、婚姻の意思があること、すなわち、社会観念上夫婦関係と評価できるような精神的・肉体的つながりと同居生活が必要である上に、右意思は即時かつ無条件に夫婦関係を成立させるものでなければならないところ、原告は合同結婚式には参加したものの、これは宗教的儀式にすぎず、婚姻の具体的意思を前提にするものではないし、本件婚姻届出も統一協会の強い指示によるもので、その目的は同居ビザを所得するための便宜の便宜にすぎなかった。しかも、本件婚姻届出後においても、少なくとも五年間は夫婦生活を営むことを制約されていた上、原・被告間においては、同居はおろか、基本的な意思の疎通もほとんどなかったのであるから、婚姻の意思はないものというべきである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  本件は、日本に国籍及び住所がある原告と、大韓民国に国籍及び住所がある被告との間の渉外的婚姻無効確認訴訟であるから、その国際裁判管轄について検討しておくこととする。

1 渉外的離婚訴訟の場合においては、原則として被告の住所がある国の裁判所に管轄があるが、原告が被告により遺棄された場合、被告が行方不明の場合その他これに準ずる場合には、原告がわが国に住所を有するのであれば、例外的にわが国に管轄があるものと解されているところ、渉外的婚姻無効確認訴訟においても、性質に反しない限り右に準じてもよいものと考える。

2 甲一ないし四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は未だ婚姻届をその本国において出してはいないこと、原告と被告は未だかつて同居した事実はまったくないこと、被告は、本件訴状の送達後においても、何も応答していないことが認められ、右の諸事実に照らせば、被告の住所地のある大韓民国に本件訴訟を提起しなければならないとすることは、かえって条理にもとるというべきである。

そうすると、本件訴訟については、例外的に、わが国に国際裁判管轄を認めるのが相当である。

二  次に、本件婚姻届出にかかる原・被告間の婚姻の効力について検討するに、右は、ひとえに原・被告の婚姻意思の有無にかかっているものということができる。そして、「婚姻意思がないとき」とは、当事者間に真に社会観念上夫婦と認められる関係の設定を欲する意思がない場合を指すものと解される。

ところで、甲一ないし四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、前記第二(原告の主張)の一、二及び三の1ないし3の各事実を認めることができ、これらの諸事実に照らすと、本件婚姻届は、通常の社会観念からする夫婦としての関係を設定する意思に基づいてなされたものとは到底解し得ない。確かに、原告は、本件婚姻届出をしたものではあるが、原告は、当時家庭や仕事等を投げうって身も心も捧げて信仰に打ち込んでいたものであって、ただ統一協会ないしは文鮮明の指示命令に忠実に従っていたにすぎない。

三  なお、法例一三条一項によれば、婚姻成立の要件は、各当事者につきそれぞれの本国法によって定められるべきところ、婚姻の意思の欠缺は、相手方とは関係がなく、当事者の一方のみの関係で婚姻の障碍となるものであるから、婚姻の意思を欠く当事者(本件にあっては原告)の本国法であるわが国の法律に従うべきであり、わが国民法七四二条一号によれば、原告が婚姻意思を有していなかった以上、被告につきその本国法による右障碍の有無を検討するまでもなく、本件婚姻は全体として無効である。

四  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西理 裁判官神山隆一 裁判官早川真一)

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